銚子電気鉄道の車輛


デハ100形 (デハ101)


▲デハ101  仲ノ町  1989.5.14  F-1  28mm  KR(トリミング)


全長11m級2扉の吊掛駆動車。昭和14/1939年に当社初のボギー車・ボデハ101として導入。
日本鉄道自動車工業(以下、日鉄自と略)で下野電気鉄道デハ103の改造により誕生したが、車体は実質新造で、名義も新製とされた。じつは銚子電鉄の電車の中では、開業以来唯一新車扱いで導入された代物だったりもする。

当初は妻面廻りと幕板のみ鋼板を貼った木造車体で、切妻・オヘソライト・ステップ付といういでたちだったが、昭和27/1952年に日鉄自で鋼体化工事を実施。台枠流用でまったく別物の車体を新製し、現在のスタイルとなる。
集電装置は昭和41/1966年にポールからビューゲルに換装され、終生そのままだった。
台車は雨宮製作所製の板台枠型。下野の2'6''用を改軌したもので、形態的にも花巻電鉄の“ウマヅラ電車”ことデハ1〜5のものと酷似する。

戦後も長らく第一線で活躍したが、デハ501やデハ700形が入線して車輛数に余裕ができてから出番が減り、ラッシュ時における3連中間のトレーラー代用が主な役目となる。その後デハ800形やデハ1000形の増備でますます出番がなくなるも、新塗装※に塗り替えられてなおも在籍し続け、1999年にようやく?正式に廃車となった。
廃車後も解体はされず、笠上黒生駅側線に留置され倉庫代わりとなっているが、近年は車体の荒廃が著しい。



全長:10,970mm×全幅2,680mm×全高4,100mm
主電動機:37.3kw×2
制御方式:直接式
集電装置:ポール→ビューゲル
台車:雨宮
製造年:昭和14/1939(昭和27/1952鋼体化)
当社使用開始年:同上
製造所:日本鉄道自動車
(平成11/1999年廃車)


 
▲まだラッシュ時には稼動の機会があったと思われる頃の姿。 仲ノ町  1984.3.21  CNT  フジHR100
 


▲101の車内。このときすでに予備車同然で、車内には除草剤のストックが積まれていた。仲ノ町 1993.4.25  NewF-1 28mm ネオパンSS(M-X,1:3)


▲小柄な車体とは裏腹に、マスコンはWH社の銘もみごとな堂々たるものだった。仲ノ町 1993.4.25  NewF-1 28mm ネオパンSS(M-X,1:3)



▲デハ101の白眉ともいえる雨宮製の台車。外川側の台車(下写真)は車輪が松葉スポークだった。仲ノ町 1993.4.25  NewF-1 50mmマクロ(上)/28mm(下) ネオパンSS(M-X,1:3)
 
 


▲廃車後も笠上黒生駅の側線に留置されているが、激しく荒廃している。 2007.1.3  R1


新塗装:1990年代以降の銚子電鉄の車体塗色を、本稿では便宜上こう記す。
同社の経営権が内野屋工務店に移って(1990年1月)以降、一部駅舎のリゾート風改装を含むイメージチェンジ策の一環として全車に施工された。車体上半がコゲ茶・下半が赤、雨トイおよび下半部随所に金色のライニングが入り、側面腰板中央にはCHOSHI-DENTETSUのロゴマーク入ステッカーが貼られる。
当初は正面にゴリラの絵をあしらったヘッドマーク兼行先板(一部車輛はステッカー)が取り付けられていたが、近年はヘッドマークの撤去や、下半部の金ライニングの省略がなされている(ヘッドマークのゴリラは内山健治郎前社長の似顔をイメージしたものと言われており、ヘッドマーク撤去の措置は前社長の解任後に順次取られている模様)。


 

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