銚子電気鉄道の車輛


デキ3

▲デキ3 仲ノ町 1997.12.28  M3  50mm  PKR


いまさら語るまでもない銚子名物となった、黒くてちいさな凸型電機。わが国のサブロクの地方鉄道における電機としては最小クラス、かつ貴重な輸入電機の生き残りで、とくに国内に残存するAEG製の機体は同機と碓氷線用のEC40 1だけであることから文化財的価値も高い。 
前歴は山口県宇部の沖ノ山炭鉱専用線とされており、銚子に御輿入れしたのは昭和16/1941年のことであった。

現在でも車籍は有するものの、貨物営業も廃止(昭和59/1984年)されて久しい今ではとりたてて用途もないため、実質的には“可動状態での保存”といったところだが、現役時代にどのような使われ方をしていたのかを文献やウェブ上の情報から総合すると以下の通りとなる。

*小型で出力も不足ぎみのため、特に20‰勾配が存在する仲ノ町以遠の本線運用には適さず、基本的には銚子−仲ノ町のヤマサ醤油工場間の国鉄貨車受け渡しと仲ノ町構内の入換に用いられた。
しかし、平坦線でも国鉄2軸貨車数輛の引き出しでウィリーするほどだったため、銚子−仲ノ町間でも空車相手の仕事が中心で、積車は主に電車牽引に頼っていたという。 
貨車相手の仕業については、昭和59/1984年の国鉄車扱貨物の廃止に伴い当社の貨物営業も廃止となったため幕を降ろした。
なお、貨物営業末期は、仲ノ町駅南側に隣接のヤマサ醤油銚子第一工場へ原料塩を積載したトム/トラ車を送り込むのがメインだったとの由。

*旅客運用につくこともあったが、事例は概ね以下の通り。 
 (1)電車が検査等で不足する際、ハフのみ牽引で本線の旅客仕業に。 
 (2)電車でハフ1形2輛牽引の際の補機として。 
 (3)電車+ハフ1形の編成が運転される際、銚子駅に機回し線がないため、デキが上り列車の後尾に仲ノ町から増結して銚子までぶら下がって行き、返しの下り列車で仲ノ町までの先頭をエスコート。 
これらが行われていたのは、いずれにしてもデハ700形入線及びハフ廃車(昭和53年)の頃までであろうと思われる。 

現在は実質保存機であることは冒頭に述べた通りだが、平成7/1995年には当社創立80周年を記念して全線を走破するフォトランを行っている。しかし、その後運行法令の規制強化のため、手ブレーキしか持たないデキ3は本線上の自力走行じたいが不可能となってしまった。 
塗色は当初は黒一色。一時期(1970年代)、電車に合わせて車体上半ベージュ・下半ローズに塗られていたが、昭和55/1980年からまた黒に戻っている。 
近年は、地元のボランティアの手によって外観のメンテナンスがなされており、ひじょうに美しい状態を保っている。 



空車重量:10t 
全長4,470mm×全幅2,100mm×全高3,250mm 
主電動機:29.8kw×2 
制御方式:直接式(三菱KR-8) 
集電装置:ポール→ビューゲル 
製造年:大正11/1922年 
当社使用開始年:昭和16/1941年
製造所:AEG(独・アルゲマイネ社=Allgemeine Elektrizitaets Gesellschaft) 
 

▲この頃すでに定職を失い仲ノ町の置物と化していた。 仲ノ町 1987.1.15  SPF  28mm  KR


▲(左)現在はボランティアの手で美しく手入れがされている 仲ノ町  2006.12.10  R1
▲(右)カプラーはシャロン製 仲ノ町 2006.12.10 R1



 

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